火葬場での出来事です。
他府県の方がお骨上げに同行なさいますと、いつも不思議そうな顔をなさいます。
何かと申しますと、大阪ではお骨上げの際、容器が二つあるのです。
のど仏のお骨を収める小さな骨箱(本骨もしくは心骨とよんだりします)とそれ以外のお骨を収めるのに5寸程度の骨箱をご用意いたします。
えっ、その大きさではすべてのお骨が入らないのでは?
そうなのです。
大阪の方はすべてのお骨を収めず、容器に入らない分は
なぜか火葬場に残してお帰りになります。
なぜかはわかりませんが、昔からそうなのです。
時折、他府県のご親戚がご遺族に
「こんな小さな骨箱に入るわけないじゃない。もっと大きな容器を葬儀屋さんに頼みなさい。それに、この小さな容器は何?体を分けるなんて・・・。縁起でもない。」と、詰め寄られることもあります。
また、ご遺族の中には「本骨だけでいい。」とおっしゃる方も増えています。
もちろん、小さな容器ですからほとんどのお骨は残ることになります。
トコロ変われば…と申しますが、これも大阪ならではのことではないでしょうか。
私どもなりの見解を申しますと、関西には各宗派の本山が集中しているからではないかと思います。
特に大阪はその中心に位置します。
浄土真宗なら京都。浄土宗も京都。真言宗は和歌山など。
昔はお骨の一部をご自分の宗派の本山へ納めに行かれたそうです。
それはお骨になっても「宗祖のおそばにいたい。」という信仰心のあらわれなのです。
一部を本山へ、残りをお墓へ。
その名残りが、本骨と胴骨といった収骨スタイルになっていったのではないでしょうか。
ちなみに、分骨はよくないという方が多くいらっしゃいますが、体を分けるといった見た目からおっしゃっているのだと思います。しかし、お釈迦さまのお骨は世界中に安置されています。
お釈迦さまの「骨」を仏舎利といいますが、一度はお耳にされたことがあるのではないでしょうか。
つまり、お骨を分けるのは良くないという話は何の根拠もないということになります。
いかがでしたでしょうか。
すこしは大阪のしきたりといいますか風習をお伝えすることができたのでは・・・
これを知らないと生野区では葬儀社をやっていけません
大阪市内の生野区という町は、在日韓国・朝鮮人の方が多い町としても有名です。
                生野区民の22%が在日の方で、今では4世や5世の方もたくさんいらっしゃいます。
                少し前までは韓流ブーム真っ盛りでしたので、コリアタウンといえばお分かりいただけるのではないでしょうか。
        今でも毎日のように、全国から観光に来られています。
昔は戦争など悲惨な出来事のために、強制的に日本へ連れてこられ迫害を受けながら生活をされてきたそうで、お亡くなりになると故郷のお墓に埋葬を希望される方がほとんどでした。
むこうでは土葬の風習でしたので、日本でご納棺をしたあとお柩を梱包し、日本でお通夜を行い、予約している日に空輸でお送りする母国葬送の儀が生野区では当たり前のように行われてきました。
        現在でも年に一度くらいは希望される方がいらっしゃいます。
日本と韓国・朝鮮では食べ物も違うように、やはり風習が異なっており、葬儀のスタイルや考え方が違っています。
                私どものように生野区で葬儀社を営んでいる以上は、
        韓国・朝鮮の葬送スタイルを熟知していないと話になりません。
当社の社員もお客様に「葬儀屋さん。あんたよう知ってるねぇ。韓国の人?」と感心されるくらいです。
                 
                さて、どういった違いがあるのかと言いますと、韓国や朝鮮は儒教の国でしたので、在日の方は儒教のしきたりや習慣を日常の生活の中で取り入れておられ、
お葬式や法事も儒教のしきたりや作法で行われるのです。
もちろん、日本も本来は朝鮮半島からの文化的な影響を受けていますので、儒教精神は多く残っています。先祖を大切にする。目上を敬うなどはその典型です。
                そのなかで、日本では現在、仏教にのっとったお葬式が九割を占めていますので、韓国・朝鮮の方は仏教式と儒教式をミックスして行っておられるのが現状です。
「日本とのおもな違いといえば」
                ◆病院でお亡くなりになると、ぜったいに家につれて帰られません。
                ◆納棺のときにお着せする衣装が違います。
                ◆納棺のときにご準備されるものが違います。
                ◆お供え物が違います。
                ◆祭壇前にテーブル(サン)をおいて、朝晩親族が集まって一人ずつ故人へお酒を捧げます。
                ◆すべての弔問者に食事を振舞われます。(大阪では弔問者には通夜振舞いをしないのが一般的になっています。皆さん焼香をしたらすぐにお帰りになります)
                ◆遺骨も同様に家でのご安置をせずに、お墓に埋葬するまでお寺などに安置なさいます。
                ◆一年を通じて法事の回数がとても多いです。
                 
                細かな内容に関しては紙面の関係上くわしく書くことができませんが、生野区で古くから葬儀社をやっているならすべて熟知していると考えてよいと思います。
                 
                最近では、世代も若くなり故郷のしきたりや作法などを省略される方も多くなってきました。
                ですが、ここにも守るべきもの変えるべきものがあるように思えてなりません。
                守るべきものについては、やはり古い世代の方が教えてあげたらなぁと、在日の方のお葬式を担当させていただくたびに思います。
また、もう一つ思うことがあります。
                在日の方は本当に目上の方を敬われます。
                お葬式のときに会葬者へお食事を振舞うのですが、若い方が中心となって動き回っています。片付けにしてもそうです。
                本当に感心します。ここは日本人が見習うべきところなのではといつも思います。
火葬場も地域によってさまざま
大阪市内に火葬場は五箇所(平野区の瓜破斎場、北区の北斎場、大正区の小林斎場、鶴見区の鶴見斎場、西淀川区の佃斎場)あり、すべて市営となっています。
                一方、東京は民間の火葬場が非常に多いのが特徴です。どちらが良いというわけではなく、それぞれに一長一短があるように思います。
                なぜなら、公営は料金に関しては安いのですが、そのかわり役所のように融通性にとぼしく、私たち専門家の立場から申しますと、運営に関して改善の余地がたくさんあるように思います。
                それに対して民営の場合は、さすがにお客様のことを考えた施設や対応ぶりで、非常に評価できますが、費用は高くなります。
                火葬炉にもランクがあって、一番高いものではン十万円もするそうです(大阪では考えられないことです)。
そんな火葬場ですが、やはり地域によって利用方法や規則が様々なのです。
                大阪で火葬場が登場したのが昭和のはじめ頃。
                今では見ることもありませんが、高い煙突から黒い煙がもくもくと見えると、『あっ、誰かを燃やしてる』と子供ながらによく言ったものでした。
                職員さんは、全員が黒いサングラスをかけており、なんだか怖い感じだったのを覚えています。
                今でこそ、サングラスを外している方もいますが、まだしておられる方もいらっしゃいます。
                なぜなら、火葬執行のボタンを押すのに自分の素顔がわかってしまうと、故人に恨まれるもしくは、遺族に恨まれるということを恐れたからだそうです。
                もちろん、本当はそのようなことはないのですが…。
                なお、写真撮影はどこの火葬場でも禁止となっています。
また、大阪市内の火葬場は年間364日稼動しています。
                1月1日だけが休みとなっているのです。ですが、葬儀社はこの日もお仕事です。
                なぜなら、お通夜はできるからです。
                他の地域や大阪以外では、友引の日に火葬場が休みのところが結構あるそうですが、大阪市内はそうではないということです。
                元日以外は毎日、午前11時から午後4時までの火葬が行われます。
                つまり、朝一番のお葬式は午前10時〜11時で、最終のお葬式は午後3時〜4時というのが大阪では一般的です。
                なかでも、その日にお骨上げができるのが、午後2時〜3時までのお葬式が最終
                ということですから、ほとんどの方がその日に収骨できる時間帯を希望されます。
                260万人の大都市・大阪の場合、火葬場を希望する日が先約で埋まっており、日延べしなければならないこともあるということです。高齢化がますます進むなか、2日3日の日延べが当たり前になるのではないでしょうか。
                一部には火葬場が少なすぎるという声もあるくらいです。
最後に。最近、大阪市内の葬儀は『半出し』といって、○時半から○時半までという時間設定のお葬式が多くなってきています。
                知らない方はなぜこんな中途半間な時間設定なのかとご不審に思われるかもしれません。
                初めのころは、当社もかたくなにこの時間設定を否定していましたが、
                最近では行うようにしています。
理由は火葬場の数と交通渋滞にあります。
火葬場は、従来からの慣習で出棺時間で予約しますが、その予約時間から30分以内に到着しなければならないのです。
                たとえば、11時の火葬場予約を行うと11時30分までに到着しなければなりません。
                火葬場の数が少ないので、遠くの火葬場まで行かなければならない場合があり、片道30分かかる地域からのご出棺なら、ちょっと渋滞や工事に遭遇したら遅刻ということになってしまいます。
                そこで、繰り上げて11時の予約の場合は9時半から10時半のお葬式としました。
                そうすると、火葬場へ到着しなければならない時間まで60分ありますので、慌てずに余裕を持って到着できるということになったのです。
                最初はその時間設定に疑問をもたれる方も多かったのですが、広まると不思議なもので、逆に最近では当たり前のようになりつつあります。
                まぁ、火葬場から近い地域や火葬場併設の式場でお葬式をされる方には、あまり関係のない話ですが…。
「えっ、いま食べるの?」これで大阪人の気質がわかる
お葬式に精進落しといえば、切ってもきれない関係なのはご存じだと思います。
                最近は、その日に初七日もすませる方がほとんどなので、初七日法要がすむと精進落しを行います。
本来は、四十九日の法要(満中陰法要)のあとに召し上がるものです。
                つまり、人が亡くなると忌明け(四十九日)まで肉や魚類の食事を断ち、忌明け後に初めて精進料理以外のものを食べる(日常生活に戻る)ということを意味していました。
現在ではこういう意味合いはなくなり、ご葬儀でお世話になった方々への感謝や労をねぎらうための会席となってきました。
                これはこれで、なんとなく現代らしい考え方だなと納得できます。
しかし、大阪人はさらにその上をいくのです。
なかば習慣化しているようで、それが当たり前になってしまっているのですが…。
大阪市内の葬儀の流れを申しますと、まず出棺して火葬場で故人様とお別れをしたら、ほとんどの方が式場に戻ります。
                収骨まで火葬場で待つことはほとんどありません。
                なぜなら、収骨まで2時間ほども待たなくてはならないからです。
大阪人の“せっかち”かつ“合理的”な気質から考えますと、待っていられないというのが本音ではないでしょうか。
それに大阪市内の火葬場は、待合ホールは大きくて立派ですが、食堂や喫茶店すらなく自販機がポツンとおかれている程度です。
                もちろん、持ち込んで弁当を開くことも禁止となっていますので、収骨までボーっと待つということになります。
                そこで収骨に行くまでの時間を利用して式場で精進落しを済ませてしまうということが行われ、いつのまにかそれが習慣化してしまったのでしょう。
                時間を無駄にしないというか、なんというか…。
                本当に大阪人らしい発想のような気がいたします。
ですから、大阪市内にお住まいの方は2回火葬場へ行くことになるのです。
そのかわり、利点もあります。
                「すべての行事が終了する時間が早い」ということです。
                初七日の法要がすみ次第、帰ることができますから、遠方のご親戚はその日に帰ることも可能というわけです。
                大体、11時からのお葬式ですと終了時間が4時ごろ、正午からのお葬式ですと終了時間が5時ごろです。
                やはりこの時間を希望される方が圧倒的に多く、
                なかなか式場や火葬場の予約がしにくくなるのも現実問題なわけです。
また、最近では式場まで帰らなくてもいいように、火葬場付近に仏事専門の料理屋さんも出現し、そこに立ち寄って食事を召し上がり、時間になると収骨に行くケースも増えてきました。
                そうすると、式場まで戻る時間がカットされ、さらにゆっくり食事時間がとれ、
                温かいものは温かいまま召し上がることもできるというわけです。
                考えてみれば、ひじょうに合理的です。しかしねぇ…。
                私も大阪人の一人ですが、本当に恐れ入ります。
                この大阪人気質には…。
故人の遺志によりご香典の儀は、固くご辞退申し上げます。
ここ数年で、お葬式の式場へ行くと、受付のところで『香典辞退』の案内板を見かけることが、とても多くなりました。
                私どものお客様でも、葬儀の打ち合わせのなかで、最近は10人中7人の方が、「え〜っと、今回は香典辞退でお願いします。」とおっしゃいます。
理由は、「返しが大変。」「香典袋に宛名が書いておらず調べるのに大変。」など、過去に大変な経験をされた方が圧倒的に多いようです。
                ギフト屋さんには申し訳ないですが、ご当家のお気持ちもよくわかります。
                お葬式のあとは、手続きごとや満中陰の準備などで大変なのに、住所録を作成したり品物を選んだりと、手間と気遣いが発生するのですから。
                辞退することについては、私がどうこう言うつもりはありません。
                ですが、なかには辞退について思い違いをされている場合があります。
香典の歴史を少しお話ししたいと思います。
                昔は「香典」とは書かずに「香奠」と書き、亡くなった方に「香を供える」という意味でした。
                ですから、お香を買う代金として「香典」・「香資」(こうし)・「香料」と書くようになったのです。
                また、室町時代後期には武士が金銭で香奠を出した記録がありますが、農村部において香奠とは、長い間、米などの食料をもちよることでした。
                その後、都市部では明治期に金銭の香奠が一般的になりましたが、地方で金銭香奠に移行しはじめるのは大正期あるいは昭和初期からのことです。
                葬儀を出すと近隣の方々にいろいろと協力してもらう代わりに、食事などの振る舞いをしなければなりません。これは多額な出費となりました。
                そうなると、喪家やその親族の負担は大きく、貧しい家では「葬儀をだせない」という事態もでてしまいます。香典はそうした状況に対応する相互扶助としての意味合いが強いものであったことがお分かりいただけると思います。
ところが、現代ではそれなりに社会全体がゆたかになり、相互扶助としての香典の意味がなくなりつつあり、それに加えて「香典返し」というわずらわしさから解放されたいと思う人々が増えたのでしょう。だから、香典辞退が増えたように思うのです。
                しかし、問題なのは香典を辞退しても樒や供花なら受けるという考え方です。
                このお考えの方は、意外と多いのですが、私どもは少しおかしいと思います。
                辞退するならすべてを辞退するべきですし、お受けするならすべてを受けるべきではないでしょうか。
                なぜ、こんなことを言うのかと申しますと、香典さえ辞退すれば何も返しが要らないと考えておられる方がほとんどだからです。たしかに香典を辞退されれば香典返しは不要です。
                でも、供花にしても樒にしても盛かごにしても、相手様はお金を出していることには変わりありません。
つまり、お返しをする必要があるわけです。
                香典は満中陰にまとめてお返しします。供花はどうでしょう。
                いただいた方のご不幸の時にお返しを・・・と、考えますといつになるかわかりません。
                いつまでも記録を残しておいて、『こちらに供花をいただいているんじゃ?』と、そのつど調べなくてはなりません。
                その方が面倒ですし、手間がかかります。
だからこそ、辞退するならすべてを辞退する方がいいのです。式場を少しでも賑やかにというお気持ちもわからなくもないですが、供花を受けてしまえば香典を辞退した意味がなくなるわけです。ただし、企業の場合は違う意味合いもありますので、あくまでも個人葬についてとお考え下さい。
                いかがですか。こういったことを踏まえて、もしもの時にどちらがあなた様にとってよいのかをお考えいただければと思います。
大阪では当たり前の樒。
                これはいったい何?お葬式と何の関係が・・・
 最近のお葬式では、あまり見かけなくなったお葬式の式場玄関に高くそびえ立つあの葉っぱだけの飾り物。
最近のお葬式では、あまり見かけなくなったお葬式の式場玄関に高くそびえ立つあの葉っぱだけの飾り物。
                お葬式の会場に行って、一番最初に目に入るのは、高くそびえ立つ緑の物体ではないでしょうか。関西の方ならご存知ですよね。
                意外にも他府県の方は「何だ、これ?」と、お思いになるようです。調べてみますと、大阪だけでなく奈良県・兵庫県・京都府・和歌山県・三重県(一部を除く)・滋賀県・愛知県・でも一般的なようですが、他の地域では花輪がほとんどのようです。
                その名前はシ・キ・ビ(漢字で樒と書き全国的にはシキミと呼びます)というお供え物です。
                シキビは、もくれん科の常緑樹でその枝や樹皮からは独特な香りが漂い、実や花には有毒物が含まれています。
                死者の近くやお墓に供えると悪霊が退散する、死臭を清めるなどと言われていることから別名を『仏前草』ともいわれています。
                また、その香りからか、香を焚くときと同じとして扱われ、仏壇にもよく飾られています。
                昔は、お葬式といえば自宅で行われるのがほとんどで、玄関口には『悪霊が退散する』、『死臭を清める』などの意味で、このシキビを立てていました。
                おそらく、大昔は火葬場もなく土葬の風習だったので、野犬がお墓を掘り起こしたりしないように、シキビを敷き詰めていたようですが、いつのまにか、野犬を悪霊にたとえて、お葬式の必需品になったのではないかと思います。
                この説は、いろいろある中で、一番納得できるものでしたので、みなさんに自信を持ってお伝えします。
                ところが最近は、地域の集会所や葬儀会館などでお葬式をなさいます。
                皆さんも、もしもの時はそこでとお考えではないでしょうか。
                当社のお客様の中でも、自宅でお葬式をされる方は、1%にも満たなくなってきました。
                そこには規約があり、もちろん、借りるためにはその規約に従わなければなりません。
                この使用規約の中に、表飾りを禁止するというところが多いのです。
                表飾りが禁止となると・・・
                そうです。あの大きな緑の葉っぱ(シキビ)を立てることができないということです。
                まぁ、分からなくもないです。あの大きな飾り物が1つや2つで済むならともかく、何十本も立つ場合なら、当然お隣の塀まで借りないといけません。
                それでなくても、近所付き合いが希薄化しているのに、「うちの塀をどうぞ。」と、なるわけもありません。
                それに、葬儀会館や地域の集会所は多くの方が利用できるので、隣の方にしてみたら、知り合いでもなんでもないのに「何でやのん!!」となると思います。
                そんな中、地域の方々がお考えになり、シキビに代わる物として、『板シキビ』『紙シキビ』なるものが登場したのです。
                新生活運動の一環として、主に新興住宅地から流行し、今や大阪の至る所で見かけるようになりました。
                昨年当社に入社した社員は、シキビといえばこれが普通と勘違いしたくらいです。
                これは、近隣への迷惑とご当家の負担軽減の目的からできたそうで、文字通り短冊状の紙や板にご尊名を書いて掲示するといったもので、場所いらずのとても便利なすぐれものです。
                でも、葬儀社やお花屋さんにとっては問題です。
                管理を自治会でされているので、費用については、私たちは一切関係がない、つまり利益が上がらないというわけです。
                領収書もちゃんとあり、地域によって差がありますが、500円から4000円というところです。
                費用の一部を経費(紙代や施工代)として自治会に、残りは葬儀社ではなく、ご当家にキャッシュバックされるということになっているようです。
                まぁ、いろいろな状況を考え、お金だけでなくお気持ちの上でも、ご当家の負担が少しでも軽くなるようにとお考えになったこのシステムは、とても良いお考えだと思います。
                いずれは、大阪市内からあの緑の高くそびえ立つシキビが完全になくなる!なんてことになるのではないでしょうか。