お葬式のスタイルもご自分でいろいろと考える方が多くなってきています。
ご相談内容のなかで、多くなってきているのが『無宗教スタイル』でのお葬式。
宗教にたいする不信感の表れでしょうか、それとも不満感の表れなのでしょうか。
あるいは「インテリ」を自称しておられる方ほど「無宗教」を標榜することが知的であると考えておられるようですから、それを真似してのことかもしれません。
もちろん、オリジナルがもてはやされる時代ですから、お別れのスタイルも千差万別であっていいと思います。
大切な方をどのように送るのかは自由です。
先日、センター会員から報告を受けたご葬儀もそうでした。
『以前から事前相談でお話をさせていただいていましたので、ご依頼を受けたときは、とどこおりなく速やかに進行いたしました。
ですが、事前相談のあいだは時間をかけて話し合ったのです。
その方は、はっきりとした信念をお持ちで、なぜ無宗教を希望するのかを明確にされておられましたので、私どももなんとか無宗教スタイルで心温まるご葬儀となるようにお手伝いさせていただいたのです。
葬儀終了後、お手紙をくださり「無宗教でやってよかった。」とお言葉をいただきました。
大切なことは、どのようなスタイルで故人を送ろうが、そこに意義があるかどうかです。
既存の宗教にたいする不信感や不満、流行だけで、無宗教というのはあまりにも安易な選択のように思えてなりません。
葬儀らしくするために、お経の代わりに音楽を流し、焼香の代わりに献花をすることが大切なのではありません。
たとえば、セレモニーめいたことをまったくしなくても、出棺前日に友人や知人にお越しいただいて、お柩を前にして喪主が挨拶を行い、その後は和気あいあいと酒を酌み交わして故人を偲ぶ。
笑いあり、涙あり故人との想い出を皆で懐かしみ、今日という日を大切に胸の中に刻んでいただく。
翌日は家族だけでしずかに出棺。
大事なのは、形ではなくお気持ちだと思います。
「お寺様とのお付き合いがないから楽でいいわ。」というようなことでは、意味がないと思います。
孫の代になっても、きちんと大切な方を思い続けてゆくことが大切なのであり、何らかの形で故人に対する感謝の念を持ち続けていくことに意味があるのだと思います。
その道筋をきちんと示しておくことも、喪主となる方の使命です。
そこまでお考えいただいたうえで、大切な方を送るスタイルをお考えになるべきなのではないでしょうか。
大切な方を送るということは、お葬式を行えば終わるのではなく、遺された私たちが「おかげさま」という思いで、亡き人への感謝の気持ちを持ち続ける新たな出発点でもあるのです。